- It's too late.
- I must go.
様々な悲劇を因数分解していくと二つ残る。「遅すぎた・手遅れ」「行かざるをえない」。これを組み合わすと悲劇・不幸の典型例を作ることができる。「配偶者を得られずに馬齢を重ねた。死ぬまで一人で生きて行かざるをえない。」「若いときに学習を怠ったので、生きていくためには単純労働を続けるしかない」「生きているうちに愛情を注げばよかった、孤独に耐えながら生きていくのは辛すぎる」「酒やタバコを止めればよかった、今では癌と闘うことしかできない」
我々が失ったものの価値を過剰に評価するのは、現在の困難さの理由が「何かの欠落」によってもたらされていると、短絡的に考えてしまいがちだからだ。
「遅すぎるってことはない、今からでも、ゲットした方がいい」などとアドバイスすると逆上する人がいる。「今、得られたとしても価値がない、失われた過去は戻ってこない」などと嘯いて、未来から見た過去である現在を腐らせている。これを繰り返して虚しい人生を積み重ねたら、悲劇的人生のできあがりだ。
「せめて10年前に・・・を始めればよかった、手遅れだ」などと10年後に後悔しないように、今を頑張るしかない。時間は等価であり、若き日々の時間と老齢での時間に本質的な差異はない。そんなことはないと強弁するのであれば、せめて未来から見れば価値が高いはずの今を腐らせる思考方法は止めた方がよい。