ビジネスも体調も芳しくないが

その二つがダメならダメだろといわれそうだ。それでもそれ以外は充実している。充実した読書、加速度的に上がる動画作成スキル等々、昨日より今日の方が進んでいるという実感が私の自我を支えている。

ビジネスに関してはワクチン接種がはじまる3月以降までは、無駄な心配をしても文字どおり無駄だ。春以降に反転攻勢できるように、勢いと潜在力を蓄える時期だろう。業務ブログ動画版のβ版もできたし、慌てず焦らず春をまとう。

旅行に行きたいな

例年、1月中旬の週末には高頻度で旅行に行っていた。時期的に旅費が安上がりになるのと、冬期の陰鬱さを紛らわすために必然性があった。例年なら12月の売上げはそこそこあるので旅費の捻出も問題なかった。

今年は違う。12月の売上げが酷かったし、眼前の仕事が更に少ない。くわえて緊急事態宣言下なので躊躇いがある。それでも行けばよかったと、日曜日の昼下がりに考えている。

受注案件を受け身に処理する以外の仕事がらみの諸々に着手できない。動画関連の試行錯誤を一通りやると、あとは何もしていない。SEO用の業務ブログ更新も滞っている。書きたい文章が一つも脳裏に浮き上がらない。ポスティング用の新フライヤーのデザインぐらいはやりたいのだけれども、動画と違って二次元のデザインは全然まったく意欲がわかない。・・・愚痴っちゃったね。開き直って動画のスキルを爆上げしたい(空元気)

2年前の1月に撮影
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ウィトゲンシュタインが理解できるかも

ウィトゲンシュタインがさっぱり理解できなかった。「論理哲学論考」は薄い本だが最初の数頁で挫折した。入門書的な新書を読んですら他の哲学書で得られるような「目から鱗が落ちる」感じが皆無だった。要するにまったく全然理解できなかったということだ。

この本をKindleでサンプル読みして「この著者なら理解できるかも」と期待して購入。読み始めているが、今のところ躓いていないので、こんどこそウィトゲンシュタインを理解できるかもしれない。

”語りえないことがあるということを語りうる”というのである。いったいどうやったら、そんなことが可能なのだろうか。その仕掛けを語り、理解すること、それが『論考』を読み解く主な道筋となる。 P31.

哲学に限らず学問、もっといえば人間の知性は「言葉と記号」によってしか表しようがない。ならば「言葉と記号」の限界を見極めてしまえば、それ以上の哲学は必要ないというか進みようがない、私がそれを説明しましょう(私は天才だから)、雑に要約するとそういうことらしい。そんなこと説明しょうがないではないか、説明できたというなら、矛盾だしどこかに論理的瑕疵があるはずだ、そう誰もが思うだろう。しかし、それを成し遂げてしまったから、ウィトゲンシュタインは20世紀最大の哲学者なのである。

というわけで、まださわりしか読んでいないので、熟読したい。幸い仕事がほとんどない(^_^;

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ひとりごと

一月は1年で一番売上げが少ない月であり、そこに輪をかけてコロナの影響があるから、悪いのは予想がついているので焦燥感はない。焦燥感はないが不安はある。災害のように一過性の理由なら反動で元に戻りやすい。だけれども1年を超える厄災だと経済の構造そのものが変わってしまう。元より印刷は斜陽であり、ネット印刷は残存者利益を分け合うような構造だ。ただ私は逃げ切れると思っていた。それがコロナの影響で右肩下がりの傾斜がキツくなってしまった。ワクチンができたこともあり、来年にまで持ち越すことはないだろうが、需要の回復力如何では生業を変えざるを得ないかもしれない。うーん

2021の大衆音楽

音楽ジャーナリスト、YOASOBIについて「このビートの単調さと音色・音圧のショボさが世間で許容されてるのはちょっと信じたがたい」 - Togetter
「プリセット・低音圧」批判とかいう「今時Flash使ってないサイトとかw」的議論
今の大衆音楽というか見えている範囲の洋楽・邦楽になるのだけれども、Lofi嗜好が明らかで、明らかにハイテンションでやかましいEDMの反動だろう。ビリー・アイリッシュも音数が少なくて昏いところが個性だ。
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日本の80年代ポップが謎に人気が出ているのも「再利用され尽くした懐かしさが残っているが故」らしい。
【2020年 最新】なぜいまシティポップが注目されているのかを再検証 | ARBAN
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ずいぶんと話題になったコレも(4600万回再生!)くぐもったアナログな隙間の多いサウンドが特徴だ。
Lo-fi Hip Hop(ローファイ・ヒップホップ)はどうやって拡大したか - beipana
youtu.be

こういうトレンドで聞けばYOASOBIのサウンドをショボイと聞こえてしまう評論家の感性こそショボイと思えてしまう。音楽なんて主観でしか語れないのだから、ショボイという権利はあるけれど、評論家が時代の空気を踏まえて文章が書けなくなるのは(Twitterといえども)、やっぱりどうかと思う。
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