天空団地_404

I'll be the sunlight in your universe

昨日の動画

事前設定をしっかりやったので完璧に撮れた。コロナ対策の送風ダクトの風音もフィルターでうまく消せた。やっぱり単焦点レンズは綺麗に撮れる。落語の時は画角が合うけれど、他のシチュエーションでは50㎜は寄りすぎるので使い勝手が悪い。レンズ欲がムラムラするけれど、コロナの見通しが悪いので散財はできない。

振り向くな 後ろには夢がない

希望をいだいて働いた東京時代。荒んだ人間関係が心を蝕み、うつ病が極度に悪化して自我崩壊した。今でも当時のことはボンヤリとしか覚えていない。ストレスが閾値を超えると、もはや誰かを恨むとか、そういうレベルを超えてしまう。とにかくその場から逃げ出したいと、脳が命を人質に取ってまで脅してくる。

東京の出版社で高給を取っていたのだから、何がなんでも耐えたらよかったのに・・。そう言われたこともあったが、辞めるに至ったことは必然であり、後悔の対象にはならない。災害のような過去については基本的に忘れるしかない。恨んでも悔やんでも暗い過去に情報としての価値はない。人は他人の過去には徹頭徹尾興味がないのだ。そもそも不快なことを思い出す必要がない。

以降の地味な人生。これはこれで悪くない。対人ストレスから解放された。一人で生きていくには困らないだけの収入を自宅勤務で得られていることも、考えてみれば稀なことだ。

なんて珍しく後ろを振り向いてみたが、
それより明日の皐月賞を当てたいものだ(^^)

今春の抑うつはキツイ

例年今の時期は調子が悪いが、今年は特に酷い。コロナ四波の影響で月が変わって仕事が低調なのも理由だが、それよりも季節性のメンタルの活力低下がキツイ。

意欲が半分以下になって、発生した少ない仕事を間違いなくこなすだけで精一杯。スキル向上を目的に毎日アップロードを続けていた短編動画の作成も着手できない。学習意欲がゼロ・好奇心も枯渇。ずっと体を横たえている。

Watching The Wheels

体調が悪いとき、気分が優れないとき、すぐに不幸を感じ自己憐憫モードに入る癖は、それこそが不幸の源泉であるかもしれない。体調がよく気分がよくないと不幸なら、老いれば老いるほど、つまらない時間を積み重ねれば積み重ねるほど、不幸の総量が膨れ上がってしまう。

臨界点を超えると、もはや常に不機嫌な人格が固着化してしまう。

マイナスの状態の時にプラスに持ち上げる必要はない。無理だし。しかし、マイナスを加速させるような思考の癖は正したほうがよい。外部からマイナスの要素を眺めるだけに留めるような、傍観的態度が大切。

せっかくの思考力・理性の力を自分を苦しめる方向に使うのは愚かだ。

無理解な他者 不機嫌な他者

無理解な他者 不機嫌な他者は必要である。
身近にいないと、わざわざ探したりする。特に自信のない人が・・・

逆説的だが、自己に否定的な他者に相対することを自己同一性の依り代にしている人、特に男に多い。自己肯定のエネルギーとして「敵」が必要らしい。

孤立して他者の承認を得られない人、敬意を得られない人、居場所を与えられていない人。彼らは立ち位置を作るために外部≒敵を場合によっては探してまでその地位に固定したいのだ。怒り・攻撃性を伴った感情こそが自分が自分であるという実感を与えてくれる。

不機嫌でいないと不安で仕方がない寂しい人たち。
ここにも、そこにも、あそこにもいる。

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