天空団地_404

One today is worth two tomorrow.

Tennstedt

f:id:lexapro:20200606212910j:plain
https://amzn.to/30dkY59

冴えない日々が続く。唯一、生活に彩りを添えてくれるのがクラシック音楽だ。常に聴いているわけではなく、聴かないときはまったく徹底してSpotifyのプレイリストを選択しない。

ときどき不意にスイッチが入る。ここしばらくロックもエレクトロニカも無視してクラシック三昧。ベートーベンはそこまで好きではない。モーツァルトとバッハが一番好き。シューベルトとブルックナー・ブラームスのいくつかの曲を愛好している。

しかし、交響曲で究極の1枚を選べといわれたら、常にテンシュテットの第九を選ぶ。聴くたびに淀んだ日常生活に光が差す感じがする。

万事芳しからず

リニューアル作業が終わって1週間、手が空くと仕事の少なさが身に沁みる。

イベント告知の印刷物がほぼ皆無。7月以降にライブハウス等が本格再稼働するとしても、再開を待ち望んだファンの多い演者は告知するまでもなく、逆に密を防ぐために来場者制限をしないと捌けないぐらいだ。故にチラシ・フライヤーは必要ない。

同業他社も自社機械の稼働率を上げなければならない現状で、外注までは手が届かない。

受注が少ない原因を考え出すと、いくつでも挙げられる。原因があるからといって、言い訳できるからといって、低収入に甘んじているわけにはいかない。いつもエクスキューズの言葉ばかり考えている輩は、もっとも軽蔑する対象だ。外部環境が悪いからといって、軽蔑の対象に堕するのは嫌だ。

絶望には距離があるが全く楽観できない状況

こういう中途半端な状態が一番精神にくる。不思議なもので危機感が半端ないと「変なブースト」のスイッチが入って結果オーライに至ることは珍しくない。

際の際で楽観要素がポロリと落ちてくる。ありがたいのだけれども、「病の進行が緩慢な故に症状が表面化したときには既に手遅れ」この帰結は避けたい。

仕切り直し再スタートの6月のはずが、どうにもこうにも気持ちが昂揚しない。

こういう焦点の定まらないボンヤリした日々を気分任せで漂流するのは最悪だ。気分や感情に人生を支配させてはバッドエンドが必然、過去の賢人は皆、そう嘯いている。

月収が4割減ると単価の高い趣味品の予算がない。PCパーツもカメラのレンズも買えない。国からの給付金は貯金に直行予定だし、散財して気晴らしをするためには商売を頑張るしかない。

しかし、散財の原資を稼ぐために働いているわけではない。そこまで志が低いのであれば生きている理由がない(-_-; ぐるぐる

災い転じて

日本のコロナ致死率の低さを巡る「集団免疫新説」が政治的破壊力を持つ理由 | 上久保誠人のクリティカル・アナリティクス | ダイヤモンド・オンライン

東アジアのコロナウィルス死亡率が突出して低い理由に対する有力な仮説。ノーベル賞受賞の山中教授が評価している。多くの仮説の中でも信憑性が高そうに感じる。理路を飛ばして要約すると「日本は春節期の中国人観光客の来訪を防がなかったゆえに、集団免疫を獲得したかもしれない」ということだ。中国の隣国と、人の往来が多いオセアニアの致死率の低さは、この仮説に従うと合理的に説明できる。

日本は習近平の国賓来日予定があったので入国制限に著しく躊躇いがあった。これが結果的によかった。一方、距離が離れていて必要以上に反中を煽るアメリカは、それが完全に裏目に出た。大統領がトランプではなかったら、米国の死亡者数は一桁低かったかもしれない。

最大限、論理的・科学的に振る舞っても、不確定な外部要因で結果が大きく異なってしまう。世界レベルのパンデミックでも、地政学的要因や施政者の恣意的な判断でたどり着く先が違う。

「災いを奇貨として」という言い回しが好きだ。急に個人的なミクロレベルに話を矮小化すると、今回のコロナウィルスの影響が、自分の人生に影響を与えたことは間違いない。ひょっとしたら、ポジティヴな影響の方が大きく出る可能性だってある。

「いたずらに悲観的になっても人生の配当は少ない」とはよくいわれる。必要なのは、今どういう流れの上にあるのかを一歩引いて見つめることだろう。

f:id:lexapro:20200602105926j:plain