広き門より入れ

Premiere Elementsにソフトを変えてから知識の取得速度が、体感で100倍速ぐらいになった。あとは数をこなしてスキルを身体化するだけだ。さっさと初心者用ソフトに切り替えたのが大成功。Premiere Proに拘泥していたら学習を放り出していたかもしれない。

Adobe Premiere Elements 2019 Mac版|オンラインコード版

Adobe Premiere Elements 2019 Mac版|オンラインコード版

プロ用のソフトを10%使いこなすよりも、初心者ソフトを120%使いこなす方が、アウトプットの質は間違いなく高い。それに、Pro用ソフトの凄さとありがたさは、初心者用ソフトを使いこなしてこそ、身に沁みて判るのではないだろうか。

英語にたとえてみると単語を5,000語無理して覚えるより、頻用300語を完璧に使いこなした方が、ネイティブには「こいつは英語が出来る」と思われるだろう。大学入試の英語試験で高得点をとるより、英語ネイティブの幼児と問題なくコミュニケーションできるようにする方が、ずっと簡単だろうし、後者の方が「英語が出来る」という自信を得られそうだ。

最初に「完璧な自分」を妄想してしまうから、かえって何ごとも身につかないってことはある。仕事に必要な知識の学習が滞りがちなのに、趣味のどうでもよい知識なら豊富な人間というのは、掃いて捨てるほどいる(オレのことだ)。 マインドセットが間違っているのだろう。

CSSとHTMLは何度覚えても使わないので直ぐに忘れてしまう。それらの知識が必須だと思い込み過ぎるのがピットホールで、CSSやHTMLの知識ゼロでも、それなりのサイトを作れてしまうソフトウェアやツールが既にたくさんある。最初のところで躓くぐらいなら、初心者ツールを使い倒して、サイトを量産した方が良い。訳のわからないプライドに邪魔されて、そういった初心者向けに用意されたシステムやソフトウェアが眼中に入らないというのは、直行便があるのに迂回路を利用するようなものだ。

構造主義のタームに「プリコラージュ能力」というのがある。「手持ちの道具でなんとかする能力」のことだ。様々な道具を揃えないと仕事を始められない文明人と違って、野生に生きる人は石斧一本で家を建ててしまう。手持ちの道具だけでやりくりする能力を持った人こそが、新しい道具のメリットを最大限引き出すことができるという逆説もある。

近未来には、真面目に語学学習した人よりも、翻訳システムを縦横無尽に使いこなせる人の方が、高い給料を貰えるようになるかもしれない。同様にエディターだけでWebサイトを構築できる秀才よりも、できあいのツールを適宜使って、短時間でそれなりに見栄えのよいサイトを作ってしまう人材の方が部外者には優秀に見えるだろう。(もっとも、いざというときに頼りになるのは、当然、真の知識を持った人である)

自分の仕事に関わるDTPでも、無理にIllustratorやPhotoshopを覚束なく使って創り上げたデータよりも、使い慣れたPowerPointやアップルのワープロソフトであるPagesで作ったデータの方が、ずっとセンスがよいなんてことは、非常にありがちなのは経験則で知っている。

ほんとうに必要に迫られてデータを作る人はソフトにこだわらない、弘法筆を選ばずともいうし、自分の能力を盲信せず、広い門から入る方が効率的なことも多そうだ。狭き門を選ぶのは、真のプロになる覚悟を持った若い人と、宗教だけでよい。

狭き門 (新潮文庫)

狭き門 (新潮文庫)