天空団地_404

You play with the cards you’re dealt… Whatever that means.

心に生じた不快に反応しない

寝付きが悪く午前3時ぐらいにやっと入眠という日が続いている。その割に6時過ぎには目が覚めてしまう。どうも周期的にロングスリープの時期とショートスリープの時期が交互に来るようだ。

肉体負荷が少ない生活で、メンタルの疲労はマネジメントが利くようになってきたから脳が疲れない。故に短時間睡眠でも疲れがとれるようだ。

馬齢を重ねて、体調由来の不快感が否応なしに増えている。だからメンタルの不快感にいちいち反応していたら身が持たない。だからこそ、そのやり過ごしを身につけ、抑うつに陥ること回避するための方法論を模索することが、人生後半における重要なテーマに必然的になる。

メンタルの不快感というのは、ほぼすべてアドラー心理学のいうように「他人に対する怒り」だ。過去を思い出して不快になることだって「悪いアイツ」の記憶によって想起することがほとんどだ。

この不快感の相手をしても意味が無い。無駄だ。精神の浪費だ。過去や現在進行形中の「不快な他者、場合によっては社会」について想起したり、感情的なリアクションを脳内で言語化しても、脳内が不機嫌で憤怒とネガティブな理路が錯綜する混乱状態に陥るだけだ。自虐的というかマゾヒスティック的でさえある。

そういった負の心理状態に、何らかの快感・知的興奮が伴うという屈折が人間にはある。どんな形であれ脳にとっては刺激なので、暇を持て余している人間の一部には、進んでネガティブな思考にふけり憤慨してノルアドレナリン等を出すことを習慣にしている人たちがいる。それが酷いのがサイコパスと呼ばれるし、そのレベルに達していなくても、いつも不機嫌で人望がなく孤立している人たちの多くが、こういった不健康な思考回路を脳に染みつけてしまっている。

こういった脳のリソースの無駄遣いは、人としての成熟を著しく妨げるし、老いてくると身体の不調とのシナジーで不遇感覚が膨れ上がって末期哀れだ。このタイプの人たちって、知っている範囲内だけでも、老後生活を荒廃させて孤独の内に早死にしてしまう傾向が顕著だ。

身体由来ではない思考や記憶由来の不安・不快感に対していちいち反応して、不毛な思考で脳内を一杯にすることこそが、不幸の主たる原因だとさえ考える。己が想起したことで、いちいち自分を傷つけるのは本当に馬鹿らしい。それを止めて、心に余地をつくれば、体のマネジメントや、前向きな行動への余力が生じる。老いて衰えていく自身のパフォーマンスを維持するのに、この考え方は必須だと今では考えている。