天空団地_404

You play with the cards you’re dealt… Whatever that means.

Let It Be 和訳論争

ビートルズの曲で和訳の内容に喧々諤々の論争があるのは「All You Need Is Love」と「Let It Be」だ。前者は二重否定をどう訳すかで言い争いがあるが、概ね従来の和訳は間違いという結論に落ち着きそうな雰囲気だ。

Let It Be

「Let It Be」はタイトルのこの中学生でも知っている三つの単語の訳し方でマウンティング合戦が今でも行われいる。直訳すれば「それをそのようにしておけ」だけどこの場合のItはほとんど意味を持たないので、この訳詞は違和感しか残らない。

で、従来は「なすがままに」「あるがままに」と訳されるのがスタンダードだった。どちらも普段の日常会話ではまず口にしない言葉である。一番多い批判はこの曲はカトリックの宗教的背景があるのだから、「神の御心どおりに」「神に委ねなさい」以外は誤訳だという主張だ。一方で、宗教的背景を考えず訳詞として収まりが良いという素朴な理由で「自分らしく」「自分に素直に」と意訳している人もいる。

”Mother Mary comes to me” この曲のポイントは”マザーメアリー”が、聖母マリアポール・マッカートニーが14歳の時に失った実母マリアのダブルミーニングであるということだ。ポール・マッカートニーは一応アイルランド系ということもあり、カトリック教徒ではあるが、まったく信仰心が深いタイプではない。後にも先にもキリスト教を想起させる曲を彼はまったく創っていない。だからこそ、欧米ではビートルズが解散間際にこの曲をシングル発売したことが、ビートルズ神話に奥行きを与えることになった。

この三つの単語自体は宗教的な意味を持った慣用句ではない。慣用句であれば辞書に記載があるだろうし、英語の素養のある和訳者がいろいろな解釈をする余地はなかったはずだ。なので歌詞の文脈的に「神に委ねる」が表層上はただしいが、行き詰まったゲットバックセッションに疲れたポールが亡き母に思いを寄せ、宗教に仮託して自分を励ました曲である事実だけは確かだ。「Let It Be」は試みられたすべての和訳のニュアンスを内包しているマントラのようなものであり、日本語にトランスファーする必要は聞き手としては必要ない。そんな風にファンの一人として考えている。