わかりました あきらめましょう。

Everyone's a winner and nothing left to lose

旧友との再会

1997年夏から1999年秋まで東京にいた。うつ病を患って退職、転職先が東京という流れだった。東京時代の職場は華やかな雰囲気だった。しかし、最初の退職時のうつ病をずっと引きずったままの息苦しい生活だった。

1997年当時、インターネットは黎明期でGoogleという会社はまだなかったし、2ちゃんねるすら存在していなかった。ネットにおける他者との交流は、各々が起ちあげた簡易な個人ホームページが拠点となった。(当時はサイトという単語・概念が普及していなかった)そしてそのホームページどうしのリンクを通じて、他者とのつながりが形成された。自分でサイトを立ち上げられない人たちは、それぞれのホームページに設置された掲示板を利用して、交流したというか、お互いの心の傷を舐め合った。1998年後半ごろからは、IRCというチャットシステムが、コミュニケーションの中心になった。そんな時代。

今回再会した三人のうち二人は、当時のメンヘラー系個人ホームページ群のハブとなる著名ページを運営していた。近年と違い20年前はネットを通じて心の闇を打ち明け合う場所は限られていたし、参加者も少数だった。私はそういったサイトの掲示板に私小説的な文章を投稿したり、IRCに参加して知人を少しずつ増やした。

T氏はネットで向精神薬について語るサイトを初めてつくった人、K氏はT氏のサイトに触発されて、そこにサブカルチャー的な要素を加味させた魅力のあるホームページを起ちあげ、その学歴とヴィジュアル系のルックスでカリスマ的人気があった。そして紅一点のRさん、オフ会等に現れただけで周囲の空気が一変するような美人だった。当時の僕は、こういった強いオーラをもった人たちがいるバーチャルなサークルに参加することに心の拠り所を見いだしていた。東京時代の後半は、最初に心を病んで退職したとき以上に心が病んでしまった。ゆえに具体的にどのような交流をしたのかは、断片的にしか覚えていない。

神戸に退転してからも、ネット上での交流は細々と続いたけれども、2年ほどでフェイドアウトしてしまった。00年代前半頃に上京したときに偶にプチオフ会はやった。そういったつながりも風化して10年以上経った。ただ有り難いことに、Facebook等の登場で最低限のお互いの現況はわかるようになった。Tさんは5年前に神戸の自宅に泊まりに来てくれた。

やっと土曜日の話になる。K氏とR女史とは15年ぶりぐらいだった。二人とも容姿にまったく衰えがないので驚いた。特にRさんは当時と違って、現在の日々が穏やかで充実されているのが理由なのか、瞳から昔の狂気を孕んだ鋭い光が消えて、澄んで慈愛に満ちた光を放っていた。自分の周囲の狭い世界のことを考えると、20年経ってより美しくなれる人もいるのだと、ちょっと感動的でさえあった。三人とも社会にしっかりとした足場をつくり、穏やかに堅実に日々を過ごしているのが伝わってきて、とても優しい気持ちになれた。

言い方を変えれば「生き残った」という感じだ。当時交流があった人たちの多くが、あり得ない確率で夭折したり、自我が崩壊した。2017年の時点にて、ネット上で現状を確認できるというだけでも、充分に希有なことなのだ。三人とも当時からコミュニティの中では抜けて聡明だった。結局は心の闇に打ち勝てるだけの知性の有無が生存競争の分かれ目だった気がする。

翻って己を考えると、生き残れはしたけれども、生きている環境は抜けて未だに甚だメンヘラー的だ。家庭や組織に属することができていない。でも私の場合は、だからこそ生き残れているともいえるわけで・・・難しい。

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