因果の業

鬱の記憶は残らない - わかりました あきらめましょう。

なぜメンタルヘルスに関する辛さを忘却しやすいのか考察した。
答えはすぐに出た。因果関係が不明だからだ。

痛いこと怖いこと悔しいことには明確に原因がある。その原因を回避すれば同じネガティブな体験を繰り返さずにすむ、だから我々の脳は原因が特定できて未来の危機回避に繋がる情報は忘れないようにできている。

メンタルヘルスの辛さにはハッキリとした原因がない。起因となる事象に思い当たる節は探せば見つかる。しかし、それらを明確な因果関係で結ぶことができると脳(心)は確信しない。対人関係のこじれがメンタルヘルスを損なうことは理屈としては分かる。だが拗れた結果生じる一時的反応は「怒り」「恐怖」「怨嗟」といった感情であって、それらの感情の蓄積が心を病ませたと推察することはできるが、事象と脳の病を直線で結びつけることは難しい、理性で納得しようとしても、脳(心)はそれを受け入れないのだ。

心の強い弱いは、事象の強度と関係があるようで、関係が無いのかもしれない。同じパワハラ上司のもとで働いても、すべての部下が心を病むとは限らない。同じ事象に遭遇しても反応はそれぞれである。確たる理由が見つけられないのに、深い心の病に罹患することもある。

私はこの10年、対人ストレスが物理的に発生しない環境で働いている。他者との負の軋轢があっても、それはモニタの向こう側、電話機の向こう側だ。心の好不調の波と外的環境の因果関係というのは虚妄ではないのか? この仮定が確信に変わりつつある。環境・事象と広範囲に捉えず、とりあえず「他者」と「心の闇」の関係性に限定してもよい。この二つは直線では繋がってはなくて、(言葉・想像・妄想)を経由して隠喩的に影響を及ぼしているだけではないのか。因果関係に心の闇の理由を求める行為を止めれば、諸所に生じる思考の「ループ≒悩み」が減じるのではないだろうか、そんなことを鬱の中で思考。。