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わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

拘束の対価

私のような生き方だと、休みより仕事のある日の方が精神的に楽だ。

集中してやるべきことがある。それをやれば誰かのニーズを満たし一部が利益として戻ってくる。これほど明白にやるべきこととベネフィットが一直線に繋がっていることは他にはない。それに仕事というのは当然得意なことであり、それをこなしていれば充足感も得られる。

休日の方が平日よりも遥かに楽しく気持ちが盛り上がって当然なのだろうか。そこまでアクティブに休日を過ごせている人が多数だとは私の主観ではとても思えない。ほとんどの人たちにとって「拘束されないという解放感」こそが休日の喜びのメインディッシュである様な気がする。すくなくとも会社員時代の私はそうだった。

よくいわれることだけれども仕事の報酬というのは「拘束されることの対価ではない」という常識がある。しかし、深いところでは判っていても気分的には「拘束されているからこそ給料をもらえている」と感じている人たちは相当数いるだろう。特に日本人にこの傾向が強いという記載もよく目にする。

最初に入った大企業での給料は「拘束されることの対価」にほぼ等しかった。だからこそ、外回りの空いた時間にサボることに強い罪悪感を抱いた。転職するにつれ、特に一人で働くようになってからは、仕事は発生させた利益の対価という真っ当な感覚が身についた。とはいえ、現状でさえ拘束感が皆無だとは思えない。しかし、拘束感があるからこその開放の喜びなので、別にそこから完全に自由になりたいとは思わない。

少し飛躍するけれども、今後AIの普及により「拘束の対価で給料がもらえる仕事」というのは加速度的に減っていくだろう。総需要の減少以上の速さで労働力人口が減っていくといわれているが、おそらく減った分はAIが補えるだけ補い、人手が不可欠な職業に多くの人たちが移動することになると思われる。座して終日エクセルのセルに数字を打ち込んでいくような仕事は価値が下がる一方だし、定型の人事・経理等の事務を処理するAIタイプのプログラムの普及が加速度的に進んでいる。
AI(人工知能)が人事部と経理部から人間を駆逐する日はいつか?

私の属する業界でも、定型のDTPデザインはAIがやってしまうようになりそうだ。商用デザインの型というのは決まっているし、レイアウトの法則も数値化できる。コピーライティングさえAIがシミュレートするそうだ。そう考えるとサイトの刷新が終わったとしても、長期のトレンドではいつまでも今のワークフローにしがみついてメシが喰えるかどうかは微妙である(-_-;

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