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諸悪の半分は責任転嫁から生じる

雑感 心と体

自分と似た属性の人たちが綴るブログをRSSリーダーで定点観測している。日々自省と前向きな努力で幸せになっていく人達の生き様は参考になる。一方、どんどん病んでいって遠くに行ってしまった人もいる。

どんどん精神的に追い詰められていく人たちに一定の法則があることに気がついた。それは時を積み重ねれば積み重ねるほど、特定の誰かへの憎しみを募らせていくことだ。傾向としてその対象は圧倒的に肉親が多い、次に配偶者や別れた異性だ。

心が病んで誰かに責任を押しつけたくなる気持ちは理解出来る。しかし、「それは体の調子が悪いのであって、昔の親の態度とは関係ないでしょう」と突っ込みたくなることも多い。心にしても体にしても今の自分を作っているのは過去の誰かではなく、日々の自分の生活だという点に考えがまったく及んでいない。いや、及んでいるけれども、いざ文章に綴ろうとすると誰かへの嫌悪がメラメラと燃え上がるのかもしれない。

話が飛躍するかもしれないけれども、そういった人たちの残念さは、隣国の人たちの反日の理屈とよく似ている気がする。どこが似ているのかというと「もはや過去の事実がどうであったかよりも、『いま現在の過去によって傷つけられたという気持ち』が問題なのだ」という理屈だ、いや屁理屈だ。

二重カッコで記さなければならないような理屈をつかって、誰かを屈服させることは無理筋だ。しかし当事者にとっては、それが外部からみて二重構造になっていることに極めて気づきにくい。欺瞞というのは自覚しにくいものなのだ。

ルサンチマンに基づく他者への糾弾は、概ねこういう構造になっているので、糾弾された側にも憎悪の感情が湧いてしまう。どちらもネガティブな感情なので誰もが不愉快になる。こういう構造で生じる負の連鎖は個人レベルから国家レベルまで、人をあまねく傷つけている。安易に責任転嫁して自我を安定させようとする心の仕組みというのは、プログラムにおけるバグのようなものだ。常に意識してその弊害を被らないように自戒しなければならない。