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シングルタスクワークの悲哀

仕事

単一かつ単調な仕事をしている人には困った人が多い。「要請されている以上の事をしてしまう」という問題だ。最近この弊害によって苛つかされることが多い。

一つ卑近な例だと「団地内の樹木の剪定」だ。こんな作業は1年に一度で十分だと思う。しかしUR団地では年に3回は掲示板に「樹木剪定作業のお知らせ」という張り紙が貼られる。樹木の成長速度はそこまで早くない。仕事をせざるを得ない業者は、これ以上剪定したら樹木が枯死しそうな勢いで、文字通り枝葉末節を刈り取ってしまう。昨年はつぼみの膨らんだ桜を剪定していまい、さすがにクレームになったとも聞く。

甘利元大臣の事件でも明るみになったように、URは民営化したといっても株式は100%国が保有しているので実質公営機関である。だから予算消化のために必要以上の事をやたらやる。その恩恵も大いにあるのだけれども、時としてやり過ぎて目指すものと真逆の結果に陥ってしまう。

過剰問題が生じるのは一つしかやることが無い以上、それをこなさないと仕事を失うという危機感がどうしても付随してしまうことだ。加えて、「一つの職務に専念している以上、絶対にミスはできない」という意識が強くなりすぎる弊害も生じる。後者については私の仕事において常に悩まされている。職業柄、慎重すぎても損はないはずなのだが、予め「この件はこの程度で問題ない」と連絡してあるのにもかかわらず執拗に再確認を求められると正直鬱陶しい。

職務範囲が狭すぎるが故に意固地になっている人って、本当にたくさん居る。これって日本特有の社会病理なのかもしれない。究めれば「匠の技」と賞賛されるシングルタスクワークならいいけれども、究めようのない単調な仕事しか働く人に与えないのは、社会にとって弊害が多い。人を使う立場の人は、誰かに単調な仕事を強要しすぎていないか、一度考えていただきたいと思う。

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