わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

情報断捨離について書き殴り

ドワンゴ川上氏の至言

コミュニケーション能力がある人とない人との違いは何かというと、僕は脳の問題だと思っています。現代人は膨大な情報の洪水の中で生きている。一方、脳は有限です。情報が少なかった原始時代において、脳は何のためにあったのかと言えば、コミュニケーションのためにあったわけです。つまり群れの中で生きていくために脳があって、そこで言語能力を発達させていったのでしょう。

ところが、その有限な領域を、情報の海の中で生きている現代人は様々な情報処理に使うようになった。その中で特定の趣味に生きるオタクたちというのは、脳内におけるコミュニケーション能力のための部分がすごく狭くなってしまった。それでコミュニケーションが苦手なのだと僕は解釈しています。

僕に関しても、まったくそのとおり。ネット発の情報の濁流に溺れているからコミュニケーション能力が涵養されない。1992年頃にパソコン通信を始めてからずっと僕の自我はネット上にあった。モニタとキーボードとマウスと自らの体躯で世界が完結していた。PCから離れて市街地を彷徨くときしか、身体一つにはなれなかった。それなのに、近年はタブレット端末を常時ネットに繋げてあるから、外出してもネットと繋がっている。ネットに紐ついていない自我の場所がなくなってしまった。

今の生業もネットありきであり、一人でやっているので休日以外にネットから離れてしまうと、メシが喰えなくなってしまう。仕事だけで使うのならともかく、仕事と趣味の境目がない。一仕事終えて、ワンクリックで趣味の世界に瞬間移動できる。

ネット発のジャンク情報をどれだけ過剰摂取してきたかと思うとゾッとする。rssリーダを30分おきにチェック、はてなブックマークも半日に一回は目を通す。匿名掲示板に動画サイト、競馬ニュースサイトにゲームのサイト。9割は受身でインプットばかりしてアウトプットが極端に少ない。

関心事を減らす。

摂取する情報の種類が多すぎる。多すぎるから深くならない。浅い情報の取得のみで深く考えない。感情で脊髄反射的に白黒をつけてしまう。知性も人格も浅薄になる一方だ。

インプットの量は減らさなくてもよい。というか今さら減らすことは無理だ。それでも、雑多に情報を大食いするのではなく、ジャンルを絞って深く潜っていかないと、余生を生き残っていくための他者との差別化がいつまで経ってもできないし、第一、浅い情報の海に溺れていては毎日が楽しくない。

どんな情報を切り捨てるか?

レッドオーシャンに浮遊している情報をカットするのが賢いと考える。例えば競馬関連のニュース。競馬というのは情報の塊を弄ぶゲームだ。娯楽としての競馬情報の取得を止めたらスペースが空く。次はゲームの情報、ここ2年ドラゴンクエストⅩの情報を大量にネットから調達してきた。アップデートが煩雑にあるし、このゲームの情報を摂取しているだけで楽しい。これも捨てればさらにスペースが空く。

あれこれ欲張っても無理っぽいので、とりあえずこの二つの情報摂取を大幅削減したい。今年は別として競馬はギャンブルとしてよりもスポーツとして愉しんでいるだけなので、馬券を買わないようにするだけで、情報摂取欲望は減ずるだろう。あとはドラクエだが、ゲーム自体を止めてしまえば情報の価値はゼロになる。コンテンツの増加にそろそろついて行けなくなってきたので、止め時かなと・・・ ドラクエの現況については後日さらに書いてみたい。