わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

オマエらこそが欺瞞だ合戦

平和を口にすると左翼野郎と罵られ
情熱を口にすると暑苦しいと笑われ
環境を口にすると胡散臭いと疑われ
博愛を口にすると偽善だと攻撃され
理想を口にすると現実は甘くないと
救済を口にすると自己責任だから云々

TwitterでRTされていた。日本に漂うニヒリズムというか冷笑主義。ネットではこのひねた態度をとらないと批判されそうな雰囲気が一部で異常に色濃い。というかこれってネトウヨの気持ち悪さとほとんど一緒だ。

欺瞞を批判すること自体は正義だ。ただ、どっかで拗れて平和や博愛の臭いを感じただけで間違った正義感に怒りを震わせる人たちは厄介だ。それに平和や博愛を語る人から見たら、こういった「欺瞞糾弾」と「悪」の見分けは困難だ。結果、「欺瞞糾弾」の人たちを「平和・博愛」の立場から糾弾するという泥仕合に陥る。こうなったら収拾がつかない。日本社会の論争の半分ぐらいはこの不毛な「オマエこそが欺瞞だ」という糾弾合戦に費やされている。

でも欺瞞に腹が立つ社会は、一定の平和と言論の自由が担保されているからこそできることだから、社会の健全さの証である側面もある。「オマエらこそが欺瞞だ合戦」に日々熱くなっている人たちも、偶にはメタ視線で自らの恵まれた立ち位置を見直して欲しい。
(というメタ視線の私の欺瞞も大概アレですが・・・)