天空団地_404

You play with the cards you’re dealt… Whatever that means.

秘伝のエクセル

「秘伝のエクセル」という単語で笑える人って結構いるとおもう。日本で一番愛されているソフトはブラウザを別にするとダントツでエクセルだろう。そして会社毎のローカルルールでエクセルは様々な使い方をされている。

かくいう私も見積書と請求書のフォーマットを10年前からずっと使い回している。見積書は、提携会社の創業者が使っていたフォーマットを殆ど手を加えず愛用している。今さら新しいフォーマットを作る理由がない。デザインも好みで今みても垢抜けた感じがして、ちょっとしたビジネス上のアイデンティティになっていたりする。

請求書のフォーマットは、最初の創業時に出資者の雇っていた経理の人がつかっていたものを使い回している。その人の名前は忘れてしまったが、その痕跡は10年を超えて生き残っているわけだ。わりと古風なのだけれども、請求書としてのフォーマルな雰囲気は悪くないので、書式を変えるタイミングを逃してしまった。

会社員として受発注業務をしていたときは、様々な会社の様々な書式のエクセルシートから出力された見積書や請求書を目にした。センス抜群なのもあれば昭和センスの伝票をそのままエクセルに落とし込んだものもあった。大企業の方が書式がダサい傾向があった。上司に忖度した結果、旧いデザインを変えられなかったのだろう。
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高齢者のPC・小商いの可能性

母のPCを入れ替えた。6年ぶり通算4台目だ。80代以上はさすがに厳しいが、スマホは使いこなせなくてもPCは必須という老人は予想以上に多い。実家では父も母もPCを所有している。叔父や叔母ももれなく所有している。

老人の使い方はわりと限られている。母はYahoo依存率が高い。ニュースとスポーツナビがメイン。そしてクックパッドを愛用している。あとは年賀状の作成とデジカメ写真の取り込み、親族・友人とのメール送受信がメインだ。通販は一切つかわない。父はさらに使い方が狭く、馬券の購入とメールの送受信のみの使用。父はネットから情報を得るという発想が何故かない。

ITに疎い老人が家電売場にパソコンを買いに行くと、ディスクトップなら大抵15万円以上払わされる。家電販売業界のPCに関する老人ボッタクリは酷い。今年PCデポの老人搾取商法が話題になったが、家電販売店やPCメーカーがやっていることも、褒められたものではない。

事務で使われたと思われる中古品の小型PCを購入してドライブをSSDに換装した。10年以上経っていた液晶モニタも中古で買い換えた。老人は使用環境が変化することを嫌うのでクローンソフトウェアでドライブを丸ごと転写しようと考えたのだが、壊れかかったPCなので、悪戦苦闘してもバックアップが終わらなかった。やむを得ず、個別のファイルを小分けにバックアップして復元する方法をとった。一番難儀したのは、母と父が年賀状作成ソフトとして9年以上愛用している某ソフトの移行だった。幸い住所録はバックアップできたので、販売元のサポートサイトから、ソフトウェアを丸ごとダウンロードしてなんとか復旧できた。老人向けのソフトは長期にわたって入手できるようにしないと、トラブルがいろいろと発生しそうだ。

費用の総額は4万円台後半で済んだ。PCデポなら新品を買わせた上で、各種オプションをつけまくり総額20万円以上は請求しただろう。この差額に小商いの可能性を感じた。メインドライブをSSDに換装した中古PCを老人のために良心的な金額でセッティングする。日給2万円程度の粗利なら、安く上がったと感謝されそう。PCを入手してそれなりに使いこなしている老人たちが使用しているPCの買替え需要は確実にあるはずなので、小商いとしては悪くないだろう。

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集中力の衰え

Civilization6が面白い。エンドレスで楽しみたいぐらい麻薬性がつよい。5年前なら徹夜をしていただろう。しかし、脳をフル回転させて考えるゲームなので、ゲーム展開に区切りが入ったタイミングで疲労感がぐわっときて,そこでセーブして中断してしまう。

一つのコンテンツに集中力が保てない。読書もそうだし、音楽だって交響曲を聞いていると第二楽章ぐらいで疲れてミュートボタンを押してしまう。老化が大きな理由だろうけれども、ネットザッピング体質が染みついて一つのコンテンツに集中できないように脳の回路が改造されてしまった気もする。

映画館なら最後まで観られるけれども、自宅で映画を観ても最後までたどり着くのは2割ぐらいだ。すこしでも「このシーンはツマラナイ、胡散臭い、辻褄が合わない」と感じるとそこで再生終了だ。

僕が文学アレルギーなのも集中力の欠如が主因だ。すべての創作物は時間をかけて創作世界に溺れないと真価を理解出来ない。集中力の欠如が自分の文化生活をかなり貧しくしている。その自覚はあるけれども、無理して自己改革をするような問題とも違う気がするし、うーむ。

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心と体は同じもの

メンタルヘルスの訳は「心の健康」だ。精神疾患も肉体疾患も同じ「健康を目指す」医学の対象である。しかし肉体の健康と心の健康はまったく異質のものとして捉えられがちだ。特にメンタルヘルスを患っている当事者は「心」を特別の領域だとみなし、聖域視しやすい。

「最強の抗うつ薬は筋トレだ」というエントリをよくネットでみかける。それにたいするメンヘラーの反応は「心の病に理解のない典型的な上から目線の間違い」という反発が大半だ。そんな記述をブックマークコメント等でよく目にする。

私も以前は同意見だった。しかし最近「あながち間違っていないのでは」と考えを改めるに至った。心だって肉体から生じているのは間違いないのだから、肉体の状態を変えたら心のありようも変わって当然、そういう考え方の方が理にかなっている。体調がよければ気分がよく、体調が悪ければ心も暗い、心身共に健康な人から見たら当たり前の事実を、当たり前と受け取れるようになった。

医学に特段の関心がない普通の人たちにとって、メンタルヘルスの不調は「心の歪みの表出」であって、歪みの原因は過去のトラウマや人間関係の拗れだと考えている。この原因があって心が病むという因果関係でメンタルヘルスを理解しようとする考え方は非常に一般的だ。そしてメンヘラーを自称する人はその傾向が極端に強い。

同じ状況におかれても心を病む人と病まない人がいる。同じトラウマを過去に抱えていても引きずる人と引きずらない人がいる。その理由を素直に考えれば「生来的な器質の差」が原因だと考える方が医学的には筋が通っている。しかし、メンヘラーの多くは己の器質よりも、自分が被ったトラウマの特殊性・重大性を強調する傾向がある。この傾向は生粋の精神疾患者よりも人格障害者により顕著である。

心を病みにくい職業

アスリートがうつ病を患ってスランプに陥ったり休業したという話は聞いたことがない。心理的影響でプレイに影響が出る「イップス」という用語はあるけれども、うつ病でダメになったスポーツ選手というのは寡聞にして知らない。農業・漁業・職人等の体の動きをお金に換えている人たちも心を病みにくい。

心を病んでしまうのは「事務・企画・研究・創作といった閉じられた空間で座って働いている人たち」が圧倒的に多い。これは私の主観ではなく、統計上的に明らかな事実だ。故に、「閉じられた空間で体を動かさない仕事を継続することこそが心が病む主因・もしくは起因」という考え方には相応の説得力がある。

「今心が苦しいのは過去のトラウマが理由ではなく、今日の体調が悪いからだ」そう理解すると救われる。この考え方を昔の自分に教えてあげたい、そして過去に交流があったメンヘラーつながりの知人にもうまく伝えたい。走ったり、筋肉トレーニングをしたり、終日体を動かしたあと、ホッとして一息ついたときに心がより重たくなるだろうか。もっといえば風呂上がりで体が温まり血行がよくなった状態で、風呂に入る前よりも憂うつになったりするだろうか。

「心の闇」等の用語で、メンタルヘルスを特別扱いするよりも、メンタルヘルスも肉体の健康も本質的には同質なのだ。そう考えるべきだし、そう考えるようにするだけでも、救われる人がかなりいるのでは・・ そんなことを最近よく考えている。