物語が消失した時、我々は己を妄想の中ですら主人公にはなれない。そんな時代に自分を鼓舞しようとしたら、自己啓発的な言語体系以外に頼るものがあるのかといえば、とても見つけられない。
僕は創作物としての物語の消化力が異常に悪い。創作物はストーリーではなくて、レトリックの巧みさが優れているものを圧倒的に好む。
物語というのは必ず結末がある。しかし、結末に対するバリエーションが蕩尽されてしまい、それに対する想像力を広げる土壌が時代から消えつつある。
結末に想像力が働かず、希望も持てないなら、結果的に「今、ここ」をいかに豊穣にする以外に、心地よく生きていく方法がない。
自己啓発は物語の結末をよくするための手段という表層とは別に、実際は「今、ここ」における自分をいかに励ますかという言説が本質である。しかたがないとおもう。