もう書きたいことといえば、仕事の将来性への不安と、それに対処する方法がある程度わかっているのに、行動に移せないという自己嫌悪についてと、体調とメンタルの状態についてだけだ。他に書くことないのか・・・
AIの弊害
最近は問題意識を持ったことや、ふと疑問に思ったことは直ぐにAIに聞く習慣が完全に身体にインストールされてしまった。
結果、自分独自の問題意識を文章にして発信する気持ちが著しく萎えた。いくら自分で一生懸命考えたとしても、多くの学術論文を学習しているAIに勝る知見が自分にあるとは思えない。結果、考えることを放棄しがちになり、その隙間にあえて答えの出ないネガティブなことを考えて埋めるという不毛なことを繰り返している。
行動してナンボ
こういう状態になると、やるべきことは己の肉体を動かす、移動する、対面で会話する、生で鑑賞するといった行動を起こすことによって生じる体験の価値が高くなる。それにはうっすら以前から気づいていて、ライブに足を運ぶ、落語を観に行く、寺社仏閣を観に行く等を意識的に増やしてきた。
ただそういう行動は、加齢するとだんだんと億劫になってくる。行動がワンパターン化するのも問題だ。
結局、何が最適解かわからないまま更に馬齢を重ねて、不可避な人生エピソードにいくつか遭遇して、くたばるのだろう。虚しいね。
