天空団地_404

The words we give to others are often the ones we most need to hear ourselves.

続き

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だが、仕方がないで済ませられるほど、残された時間は長くない。

17年間、この仕事で食ってこられたのは、顧客が「自分ではできない」と思っていた領域に私が立っていたからだ。IllustratorやPhotoshopを使いこなせない、印刷用データの作り方がわからない、印刷会社とのやり取りが面倒だ。そういう隙間に私は滑り込んで、対価を得てきた。

しかし、その隙間は急速に埋まりつつある。Canvaは直感的すぎて、デザインの知識がなくても見栄えのする成果物ができてしまう。生成AIは「こんな感じで」という曖昧な指示でもそれなりの画像を吐き出す。最適化というプロセスそのものが、ツールに内包されていく。顧客は私を経由する必要がなくなる。

固定客は確かにいる。長年の付き合いで「あなたに頼みたい」と言ってくれる人たちだ。だが、その人たちも世代交代していく。後任者は私との関係を持たない。彼らにとって私は「よくわからない外注先」でしかなく、ラクスルのような統合プラットフォームの方が合理的に見えるだろう。信頼という名の参入障壁は、驚くほど脆い。

撤退戦略、と書いたが、具体的に何をすればいいのかわからない。廃業のタイミングを見極めるのか。別の収入源を確保するのか。でも何を? 五十代で未経験の分野に飛び込むのは現実的ではない。かといってこの仕事にしがみついていても、ゆっくりと首が絞まっていくだけだ。

唯一の希望があるとすれば、完全自動化できない「面倒くささ」がまだ残っているということだ。特殊な印刷、変則的なサイズ、複雑な仕様。ツールが標準化できない案件。そういう仕事を丁寧に拾っていけば、もう少しだけ延命できるかもしれない。だが、それも時間稼ぎに過ぎない。

結局、私がやってきたのは「代行業」だった。技術を売っていたつもりだったが、実際には手間を引き受けていただけだ。そしてその手間が、テクノロジーによって消滅しようとしている。

いろいろと仕方がない。だが、仕方がないと諦めるには、まだ生活がある。もう少しだけ、あがいてみるしかない。