天空団地_404

The words we give to others are often the ones we most need to hear ourselves.

文章を書くことって実は不健康かも

ここで話題にする「文章」は論理的に書かれた論文や純粋に情報を伝える文章以外のジャンクテキストのことだ。

思考というのは本質的に「ネガティブ」である

このブログの過去ログでもよいし、更新頻度の高い他者様のブログでもよい。そこには日々ポジティブで読んだ人がほっこりするような文章が綴られているだろうか?

思考≒文章化というのは人間にしかできない。そして文章化を好む人間が綴る苦悩は「人間にしかありえない苦悩」である。猿でも犬でも猫でもイルカでも「過去のトラウマを思い出して苦しむ」「過去に侮蔑されたことを根に持って呪う」なんてできない。こういった苦悩は最初に苦悩ありきはなく、事後に脳内で文章化することで生じる人間特有の苦しみだ。

メンヘラ系のブログは、書きながら怒りのボルテージが上がっていく、そういう文章が多い。もしくは、自己憐憫のボルテージが上がっていく文章も同程度にある。自己を客観視して、自我を如何に理性の元に制御しようかと試行錯誤するような文章はない。そもそもそういう思考ができる人は心を病まない。

このブログを振り返って

このブログというか、1995年ぐらいから既に日々ネットにテキストを投じる生活を続けてきた。結果、私はそこから何かしらの幸せをつかめたか、もしくはその端緒になったかと問われれば「皆無」としか答えられない。執筆量が多いのは「書くことによって時間を潰せる」からにすぎない。

書くことによって個人流の自己哲学の固定化には貢献したかもしれないが、その哲学が現在の日々の私を愉快に楽しくさせているかといえば、そんなことはない。流石に足を引っ張っているとまではいいなくないが、別にその考えに至らなくても、自分の生き様に大して変化はなかっただろう。

そもそもこのブログの執筆モチベーションの7割ぐらいは「気に食わないメンヘラを腐すため≒過去の自分を自虐したい」にすぎないのだから、本当に無駄な行為だ。

文章を書きなぐりたくなったら

せめて二回に一回ぐらいは、書くのを我慢して瞑想でもして頭の中を落ち着かせた方がよい。書くことは良かれ悪かれ、何かを固着させる力しか無い。思考の幅を広げるようで狭めているし、見聞を広めているようで実は狭めている。