痛みと脳内他者が、貧困苦を別にすると、人の苦しみの大半だという。
抑うつも痛みのバリエーションと考えることが出来る。脳が不快感を感じていることには違いないのだから。
肉体というか器質由来の苦しみ≒不幸を別にすると、大抵の不幸は脳内の他者だ。生身の他者に対峙して発生する不快感は刹那だが、それを脳内で反芻して不愉快になるなら、それは脳内他者。憎しみ・怒りだけではなく、孤独に対する恐怖も他者あっての恐れと不安。目先の金に困っていなくて、疾患で肉体由来の苦しみがないとき、人は他者という問題に常にフォーカスして、ネガティブな感情を持ちやすい。特に社会的弱者はそうだ。
他者に対する思考が不幸を発生させてしまうのは、人間が友好的な他者を求め、敵認識した他者を憎んで排除するような仕組みが本能にビルドインされているから。
他者に対する恐怖に怯えるよりは、敵認定して闘争心をかき立てた方が、心の負荷は少ない。社会的弱者が漠然と他者によく判らない憤怒をぶつけることはありがちなことだ。匿名性のたかいSNSをみれば、如何に多くの人たちが、怒ることで自分の不安を忘れようとしている事例を観察できる。
特定の人間を深く恨む人間も怖いが、敵判定したボンヤリとした他者に憤怒を爆発させているメンヘラは怖い。自戒をこめて私も顔の見えない他者を安易に敵認定して不機嫌にならないようにしたい。幸福な人たちは常に誰かを大切にしている。自分以外に守るべき対象を持たない人間にはなりたくないし、そういう人とは関わらない方が平穏だというのは経験則で嫌というほど知っているつもりだ。
