天空団地_404

It all returns to nothing.

ニヒリズムの乗算・変えること

己の負の感覚や感情にウンザリしている。ふと憎い人の言動が脳裏に走る。以前ならそこから脳内怨嗟や復讐妄想へ思考が引っぱられた。ところが最近は「この負の感情を今思い出させたのは何か?」こういうメタ思考が癖になった。一度こういう思考回路に陥ると「ニヒリズムのニヒリズム」に至る。もっともマイナスの二乗はプラスなので、よい側面もある。

とはいえ、前にも書いたけれども「ニヒリズムをニヒリズムすると自我が持たない」のだ。すべての思考や感情を疑うと自己同一性が保てなくなる。ここまで来ると「ニヒリズムをニヒリズムすることに対してニヒリズムする」ことになってしまい結局マイナスだ。

ここからの脱却に関してはニーチェなりブッダが考えてくれている。だいたいのことは既に考え尽くされていて凡人が試行錯誤するまでもない。ならニーチェなりブッダの手法を使えばよいのかといえば、そう簡単に手法として使えるなら人は誰も苦労しない。半世紀も生きると体力も気力も衰えて容易に実行に移せない。瞑想のまねごとをするぐらいが関の山だ。

それでもなんとかしなくてはならないなら、「仕事を変える」「住む場所を変える」「付き合う人を変える」しか方法がない。一番ダメなのは「決意を新たにする」だ。付き合う人に関しては、現時点で最小限の人付き合いしかないので、変えるとなくなってしまう。仕事と住む場所は変える余地はある。ただ変えて良くなる保証がないどころか、高確率で悪くなる(と思い込んでいるだけかもしれないが)

3割強の収入減が固定化するのであれば副業を探すか、現業を副業に降格させるしかない。そうすると今住んでいる場所は不都合が多い(22時台が終バス)。結局、近未来において自分が変わるとしたら、経済的な理由で職と住を変えざるを得ないときだろう。

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