村上春樹のエッセーで読んだ「読むのはトルストイだけ、聴くのはバッハだけ伯父さん」という人物像がなぜか頭から離れない。これについて書かれた文章の前後は忘れた。個人的に「こういう生き方は楽そうだ」と強く感じたことだけが遺っている。趣味の狭い伯父さんを腐す内容だったかもしれないけれども。
この伯父さんは、日中、先祖から引き継いだ大切な畑を耕し、大地の恵みで生活を成り立たせている。そしてよく働いた日の夜、夕食後にスレ切れそうになったレコードをターンテーブルに置いて、愛用の椅子に座り、茶色く変色したトルストイを一冊ゆっくりと読むのだ。
彼には日々のルーチンワークと馴染みの音と馴染みの本しかない。彼はそんな生活に心底満足し、ゆっくりと黄泉の世界に到達できたら本望だと思っている。
創造性も多様性もないけれど、満ち足りた人生だと思うのだ。俺もそんな風になりたい。そう妄想の人物に自分を投影させている。
