- 作者: 小林秀雄
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2004/08/03
- メディア: 文庫
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この本の冒頭に「常識」という題名のコラムがある。60年前に書かれた書籍であるにもかかわらず人工知能について言及している。60年前といえばトランジスタすら普及しておらず真空管ラジオを皆が聴いていた時代だ。
こんな大昔に人工知能の限界について思いを馳せるなんて、衆知とはいえ小林秀雄はやはり桁違いな人物だ。そしてどんなに人工知能が発達しても計算式が与えられないと、機械は何もできないのではないかとまで推察している。
超集積回路やディープラーニングや量子コンピュータなんて概念もなかった時代だ。それでもこの考察は今でも的外れだとはおもえない。現代でも計算式という前提がないと何もできないというコンピュータの前提は変わっていない。最先端の人工知能学者でも、それを根拠にシンギュラリティは起こらないと断言している人もいる。
60年前にこの結論を導いた考え方がスゴイ。彼は「全知全能の神が二人将棋を指したら結果はどうなるか」という仮定を立ててみる。そしてその疑問を聡明な知人に問うてみたのだ。彼の答えは「将棋は超複雑系なので神でさえ最適手を差すのは無理ではないか」「そもそも全知全能の神が二人いるという前提がおかしい」と疑義を発する。一応の結論は「究極的には先手必勝か、後手必勝か、千日手のどれかになるというのが答えだろう」そういう仮説に到った。
そこから更に思索を深めて、世界の機械化と人工知能化が加速的に進むであろうという推論で文章を終えている。戦後10年ちょっとしか経っていないのに、思考実験だけで、ここまでのコラムをサラッと書いてしまう小林秀雄の凄さにあらためて唸ってしまった。