彼女にとっての真実

20年近く元夫の不倫について狂気としか思えない糾弾を繰り返していた旧友の元妻が死んだ。恨み辛みを綴った長文のメールを一方的に送りつけられて心底恐ろしかった。死因は判らないし知りたくもないけれども自殺ではないだろう。あれだけ苛烈な他責を繰り返した彼女が、自らを罰する自死を選ぶのは考えられない。若いときの美しさと怒りで鬼神のような面相になった離婚後の容姿の落差は凄まじかった。繰り返された自傷で体中傷だらけだった。バラと蛆虫ぐらいかけ離れていた。彼女にとって夫と不倫相手は「絶対悪」でありそれが「絶対真実」であった。悪魔的に嫉妬深い彼女から、逃げるように不倫に走った旧友が絶対悪だとは到底思えない。肯定はしないけれども。

何の役にも立たない真実など認めたくないという信念が自分自身の絶対的な真実に辿り着けない理由だ。あなたがどれだけ期待しても、絶対的な真実が何も役に立たないことに変わりはない。

「真実」を御旗にした言葉は胡散臭い。客観的事実だと主観的に熱く語るほど嘘くささが増す。第三者には主観のフィルターを経由して語られる「真実」の真偽を判別することは原理的に不可能だ。この当たり前が判らなくなるのが精神疾患だ。主観と客観の境界が融解し完全に融合して世界が歪んでしまう。役に立つと信じた「真実」は繰り返し語られ呪詛化する。そして呪詛が身体化して、それがその人の人格として完全に固定してしまう。この固定化の強度と疾患の重篤度はピッタリと重なる。

彼女は元夫どころか親族にさえ完全に見限られ遠ざけられていた。医学的には「境界性パーソナリティ障害」に該当するのであろうが、あそこまで心を歪ませると手の施しようがない。怒りと呪いに満ちた世界から離脱したのだから、逝ってしまったのは(彼女にとっては)良かったのかもしれない。