テキストに癒やしはあるか

なにを書いても愚痴になってしまう。

書くことによって心が軽くなるということはあるのだろうか。経験則でいえば悪化に拍車をかける作用はあっても、ポジティブな作用は探しても見つからないようにおもえる。

言葉=テキストは概念だ。そして鬱屈とした気分は概念ではない。それ以前の苦しみだ。言葉から生まれた苦しみではない。しかし、概念が鬱屈を深くすることはある。深くする力があるのであれば、浅くする力もありそうなものだが、そんなに簡単ではない。

苦しい理由を言葉で編み出すことはできる。しかし、苦しいと感じているけれども本当は苦しくないという理屈を言葉で編んでも役に立たない。

言葉によって神の概念を想起して救われようとする人もいるだろう。概念としての神が物理的脳内物質の不均衡を正せるかどうか怪しい。トランス状態にまで突入すれば脳内の様子も変わるかもしれないが、概念にそこまで脳を侵食されるのは、ほとんど洗脳の世界であり好ましいとは思わない。

高度な文学に救いはあるのか、聖書に救いはあるのか・・・
安易に答えは書いてはいけないだろう、しかし私にはテキストから安らぎをくみ出すことは無理そうだ(-_-;