だから みんな、死んでしまえば いいのに

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はてな界隈でエヴァンゲリオン談義がまた盛り上がった。私もド嵌まりした一人で、そのことについての回顧は、過去のブログで何度も言及した。にもかかわらず、また書く。

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世紀末と鬱病と

アニメが放映されたのが1995~1996年、映画で完結したのが1997年である。まさに世紀末。阪神大震災と地下鉄サリン事件もこのころだ。社会の空気が淀んでいて、饐えた悪臭が瀰漫していた。

当時の私は新卒で入った会社の初異動で働く場所が変わった。そこでいま思えば過酷なパワーハラスメントに遭った。希死念慮的な精神疾患の兆候が私の思考や肉体を侵食し始めていた。そんなときに普段は馬の話しかしないニフティサーブ(パソコン通信)の知人が、この作品を執拗に薦めるので話をあわせるために仕方なく観た。アニメにはまったく興味がなく中学生以降は関心もなかった。萎えた心でボンヤリと深夜の再放送を録画したVHSを眺めた。

最初は「なぜ、あの人はあそこまで執拗にこの作品を薦めるのか・・」そういう気持ちだった。ただ主人公の碇シンジが、内向的でとてもアニメの主人公に相応しい性格ではなかったので、そこに共感して話数を重ねることができた。そして折り返しの13話以降は作品世界が加速度的に深化していき「これはただのアニメではない」という予感が強くなっていった。そして19話で完全に心が奪われてしまった。

そして21話から最終話迄は極めて病的で厭世観の強い悲劇が畳みかけるような神懸かった展開となった。アニメと侮っていた私は戦慄した。テレビ版の最後の二話は制作の力が尽きて、議論が沸騰する大きな問題を含んだ終わり方をした。この終わり方で一部の人が抗議デモまでおこしたので社会現象になった。

そして本来作りたかった内容で最終二話がリメイクされ、それが劇場版として公開された。

THE END OF EVANGERION (Air/まごころを君に)

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これがもう徹底的に病んだ内容でグロくえげつない表現がてんこ盛りだった。深い退廃美にも満たされていた。誰もが描く「世紀末の心象風景」を目一杯誇張したようなコンテンツだった。

このポスターは黎明期のヤフオクで落札して、世紀を跨いでずっと部屋に貼ってあった。こんなえげつないコピーが載ったポスターを常時眺めていて精神が健康になるわけがない。いまとなってはそう思う。

この作品はキリスト教と心理学のタームで埋め尽くされている。ヤマト・ガンダム系譜のSFアニメに、宗教と心理学と庵野秀明監督の病んだ個人哲学が詰め込まれ奇跡的に生まれたアニメを超えた何かだ。

今でも21話~24話と「Air/まごころを君に」はよく観る。これと比較すると新劇といわれるリメイク版は庵野秀明監督の創作欲が空回りして、とても繰り返し観る気にはなれない。00年代にはアニメ・マンガだけではなく純文学にまでこの作品の影響は及んだ。セカイ系とよばれる創作群の一種だ。「人を陶酔させる創作物とは・・・」という設問の答えが、この作品に隠されているのは間違いない。