不幸だから不健康なのではなく

精神の強さとか弱さというのは当を得ない言い方だ。
それが実は肉体の諸器官の状態の良し悪しに過ぎないからである。

この因果関係がひっくり返りやすいのが理性の大きな欠点だ。不快と不幸を等式で結ぶ愚かさに気づけない。

不快なのは健康状態が悪いからだ。不快と不幸の境目が分からないからといって、ぜんぶ不幸だと考えたらダメだ。不快を不幸にカウントしたら、老いれば老いるほど不幸の絶対値が増えてしまう。

体調がよく、環境もよいという幸運に身を置くとき、不幸の底に沈むことはむずかしい。不幸をつよく感じるとき、体の調子も必ず悪い。体の調子が悪いのに、心の調子が悪いと考えてしまう。

運動不足や栄養の偏りで体が悲鳴を上げているのに、原因を正さないで、過去のトラウマを引っ張り出して、頭の中だけに存在する「誰か」を深く恨んで不幸を膨張させている。不幸を加速させているのは、現在の体調の悪さだという可能性に、まったく思考が及ばない。

不幸を感じたら、とりあえず散歩に行く

単純なようで、最強のライフハックだ。

ラ・ロシュフコー箴言集 (岩波文庫 赤510-1)

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