瞑想会

全身疼痛 背中だけではなく、つま先から頭頂までガチガチに凝っている感覚。心と体がバラバラでつらい。

そんな中、明石の大久保という初めて行く場所で瞑想会に参加した。長らく敬愛している榊原先生に久しぶりに会えた。幼少期5年ほど明石に住んでいたけれども、大久保周辺は初めてだ。駅周辺は新興住宅地のような真新しい住宅がとても多い。駅自体は旧くからあるはずなのに不思議だ。

ゆっくりと静かに体を動かして瞑想を深めていくヨガは気持ちよかった。呼吸を整えながら、いわれたとおりに体を動かすだけで、全身がどんどんほぐれていく感覚があって、終了時には不思議なほど疼痛が消えてしまった。

瞑想というのは手段ではなく、それ自体を目的にすべきだといわれる。でも体を緩め、呼吸を整えると、とにかく楽になる。すこしやっただけで、これだけ気持ちよいのだから、真面目に取り組めば、心と体に間違いなくよさそうだと、あらためて確信した。しばらく忘れていたけれども、仕切り直してもう一度一から丁寧に始めたい。

「考えることと、感じることは別」と先生の名言。そういえば「考えるな、感じろ」ってブルースリーも云っていた。「感じ」を言葉で肥大化させることがよくない、これも理屈としては知っている。しかしまだ腑に落ちていない。このあたりを深く体験していきたい。

低レベルの決意

この手の会に集う人は女性の方が多い。年齢はバラバラだが背筋がシャンとして無駄肉のない小柄で穏やかな人ばかりだ。そういう中に入ると、引きつった表情と贅肉まみれの不器用なおのれの肉体がとても醜く思えて、瞑想の目指す境地と真逆のことを気にしてしまった。食を節し、体を動かし、贅肉を削ぎ落とし、自然で柔和な表情ができるようになりたい。Facebookにアップされた集合写真の自分を見て、そう決意した。