苦痛を求める倒錯

苦痛は文字通り嫌なことだ。
僕の人生は苦痛から逃げることをいつも最優先してきた。
それが人生なのかもしれないと達観したりしている。

苦痛からの開放が快楽だ。
苦痛という負の感覚がなければ快楽はない。

一方「苦痛そのものが快楽」になることがある。
苦痛というのは刺激だ、人は刺激を求める本能を持っている。
快楽の刺激を求めるだけでなく、時として苦痛の刺激すら求めてしまう。

脳内麻薬は苦痛を緩和するために放出される仕組みとなっている。
なので快楽の入手が困難なとき、人は存外、すすんで苦痛を甘受しようとする。

自虐、ニヒリズムマゾヒズム自傷行為等は弱者の救いでもあるのだ。

人は苦痛をあえて求めるようになると堕落する。
「悪」は多くの場合、このような仕組みで生まれる。

このブログも自傷行為的なところがあるし、マゾヒズム的なところもある。
多くのメンタルヘルス系ブログも、苦痛を嫌悪しながら実は愛しているという
弱者の信仰告白の場でもあるとおもう。


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(1954/05/18)
ニーチェ

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