わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

僕のギターにはいつもRusted Gauge

以下、脈略もない書き殴り 昔語りしかやることがない場末感が哀しい


音感の無さと、リズム感の無さから生じる劣等感に負けて、二十歳でバンド活動から足を洗った。ベースギターは物置へ直行したが、しばらくアコギは暇つぶしにかき鳴らし続けた。錆び付いた弦を掻きむしるように一人でつま弾いていたら青春が終わってしまった。長らくギターを触っていないが、いまでもコード弾きぐらいは出来るはずだ。

せっかく一浪してカッコのつく大学には入れたのに、音楽で挫折したので、すべてが帳消しになってしまった。大学時代はアルバイトと、留年回避と、バブルが終わっていなかったのにもかかわらず就職活動で苦労したこと以外に、覚えていることがほとんどない。

人から拒絶されることを極端に畏れるメンタリティを肥大化させたまま社会人になってしまった。そんな人間にあてがわれたのが営業職だった。向いているわけがない。ストレスでうつ病の兆候が顕著になり、日々会社に行くだけで精一杯だった。そのままなし崩しに退職してニートになってもおかしくなかったが、阪神大震災に巻き込まれたことで、己の精神状態だけにセンシティブになる余裕がなくなり、結果として4年半を過ぎた頃にはそれなりに仕事が出来るようになった。

しかし、最悪のタイミングで神戸から大阪に異動になり、パワハラで有名な課長の下で働くことになった。そして、あっという間にうつ病を発症し退職に至ってしまった。僅か半年で人生が暗転した。過去のトラウマをほじくり出してウダウダいうのは最悪だと常日頃ここに書いているわけだが、俺の人生に最悪の影響を与えた人間を一人あげろといわれたら躊躇なくそいつ名前を出す。藤森課長氏ね

人生に分岐点があるとしたら、最初の退職をしたこの時期だ。分岐点というより太くて真っ黒なラインで遮断された感じだ。紀元前・紀元後的な人生の分水嶺である。以降もいまの仕事にたどり着くまでは紆余曲折あったわけだが、伏流しているメンタリティはまったく同じ色をしている。「メンヘラー」にカテゴライズされる病んだ汚い色だ。