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わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

眠られぬ夜に

深夜にブログを書くのは珍しい。昼食後に適当に書き殴ることがほとんどだ。うつ病寛解してからは不眠症とは縁が切れている。それでも月に一度は眠れない夜がある。理由はわからない、不意にやってくる。

寝床で活字を読めば普段は睡魔がくる。しかし、今宵のように何故かこないことがある。でも活字を追う気力は切れている。タブレットに手が伸びるが、あれは入眠を妨げる。仕方がないから音楽を流しながらボンヤリしている。それでも眠くならないので、こうやって珍しく夜間にブログを書いてみたりする。

書きたいことが思いつかない・・・ 過去について考えないようにしているし、愚痴も精神を汚染するだけなので自制している。でもその二つの禁忌をつくると書くことが激減する。いちおうメンヘラー系ブログなのに、この二つのトピックを自重すると、書くことが本当に見つからない。

腰の状態

完治してない。4月に入ったら腰が気になっても「治癒した」ことにしてしまおうと目論んだ。痛みというのは病識からも発生するからだ。とはいえ腰に疲労が極端に溜まりやすくなったのと、横になったとき寝返りが困難なので、まだまだだ。「治りきっていない」のではなく、「後遺症」だったら嫌だな・・・

今年は開花が遅い。桜花賞の時の桜の状態で早いか遅いか判断している。このところずっと桜花賞の時には「散りそめ」か、さらにその先だった。しかし、ことしは当日になんとか満開になるかどうかという感じなので、明らかに遅い。というかここ数年がずっと早すぎた気もする。二昔前は「入学式」の頃に満開になるのが普通だった。桜の咲く時期を気にするようになった事実に、自分の加齢を感じたりもする。若いときはいつ咲こうがまったく興味がなかった。

新しい哲学を求めて

ずっと大学時代に心酔したニーチェを基盤に、様々な思想を表層的につまみ食いしてきた。ここ10年ぐらいはそこに東洋思想とアドラー心理学を足した感じで完結している。そこに固着しているのが良くない気がしている。

もう一つ、まったく違う哲学の足場が欲しい。たぶんそれは人文学的なものではなく、サイエンスの系譜にある何かであるような予感がある。これから新しい智慧との邂逅が期待できるかどうか、微妙なところではあるけれども。


・・・睡魔がやっと訪れたようだ。寝よう(-_-)゚zzz…

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

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