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メンタルヘルスと物語の関係

ひとりごと 心と体

うつ病を患うと午前中がキツい。わりと典型的な病状だ。病が一番酷かったとき、午前中の希死念慮が半端ではなかった。ほぼ寛解してそれなりの時間が経過したけれども午前中の抑うつは残っている。

起床後のドンヨリした気持ちをマシにする方法をみつけた。起床時にドラマを観る習慣だ。神戸が舞台ということでNHKの朝ドラを惰性で見続けている。朝ドラ歴40年超の母にいわせると「駄作」レベルらしい、それは観ていて何となくわかる。ただ設定の矛盾はみつからず、丁寧に作ってあることが伝わってくるので見続けることができている。

その習慣から理解できたことがある。朝ドラマを見ると「頭の中がデフラグされて気持ちが落ち着く」ということだ。私はたいてい悪夢をみるので起床時にはその肥大化したモヤモヤとした気分の悪さが脳内に横溢している。それが朝ドラマを見ていると脳内が鎮まるのを強く実感できるのだ。8:15にドラマが終わって身辺を整理しながら、TBSラジオをつけて脳天気な伊集院光の声を聞くという流れはよい。気分よく仕事に着手できる。

寛解しているからドラマを見られるということはある。抑うつが酷すぎると物語になかなか没入できない。僕の半生、文学や映画に親しみが薄かったのはメンヘラ体質が影響している。昨年から映画館に足を運ぶことも増えたし、ストーリー重視のフィクションも少しずつ楽しめるようになってきた。

すこし話が飛躍するけれども、メンタルヘルスに問題がある人間というのは脳内のストーリーが極端に単純化されている場合が多い。特に顕著なのはアドラー心理学がいうところの「悪いあの人 可哀想なワタシ」という一文に表される極端に単純化された世界観だ。心の闇の暗さに耐えられず、その原因を誰かの悪意及び過去に被ったトラウマに全転嫁するような心理だ。悪人と被害者というマインドセットに心が支配されているので、その両者を繋ぐストーリーも極端に単純化してしまい、多様な物語を処理する力が奪われてしまう。これはうつ病に限らず統合失調症や各種人格障害にも共通してみられる傾向だ。

話を矮小化して自分レベルに戻すと、これからの余生、心の平穏を保ち続けるためには意識的に物語に身を投じていかなければならない。それはフィクションを鑑賞するというレベルだけではなく、日々の生活でも因果関係が発生する現場から逃げないこと、社会をみるとき原因と結果だけを短絡するゼロサム思考に陥らないこと、そういう原因と結果を繋ぐストーリーに主体的に関与していく姿勢、これを常に意識していれば闇に足を滑らせるリスクを大きく減らせると考えている。