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わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

ギャンブル依存症適性

基本的に競馬のG1レースしか馬券を買わない。今年は調子が良く回収率がプラスだ。でも基本的に損するものだと知っている。競馬に関してはギャンブルとしてよりもブラッドスポーツとしての側面が好きだ。一時期は血統研究にのめり込んだこともある。ただギャンブル的に嵌まったことは一度もない。

カジノ法案で「ギャンブル依存症」が話題になっている。依存症になるかどうかは適性がある。僕には適性がない。当たったときの快感よりも負けたときのショックの方をよく記憶するタイプだからだ。依存症になるのは逆で的中させたときの快感(脳内ドーパミンの放出)が忘れられないタイプだ。

ポジティブな体験を繰り返すことを強く欲望する人、ネガティブ体験の再来を強く忌避する人、大雑把にいうと二種類の人間がある。依存症になるのは前者のタイプだろう。後者でも予算を決めて「負けてもともと当たったらラッキー」といってギャンブルを嗜む人がいる。そういう人は問題にならない。

私はダービー・菊花賞・有馬記念は予算5千円、それ以外のG1は予算を3千円と決めている。加えて本命党なので当たっても一攫千金にはなりようがない。それでも偶には配当に目がくらみ三連単を買ったりはするけれども、当たるのは大抵馬単か馬連だ。今年の黒字に貢献したのもすべて馬単・馬連。(余談だが今年は馬単がよく当たった)

外れても嫌な気持ちにならないことが最優先なのだ。ならばそもそも馬券を買うなといわれそうだけれども、多少たりとも身銭を切った方がブラッドスポーツとしての楽しみが倍増するので観戦代金ぐらいの気持ち、たまにキャッシュバックがあると考えたら費用対効果でプラスの方が多い。

そういう私にとって一番理解から遠いところにあるのが「パチンコ」だ。眼前でお金がドンドン消えていくのを観ながら楽しむなんて気質的にできない。競馬なら数分で決着がつくけれども、長丁場「当たり」が出るまで待つのも理解出来ないというか怖いのだ。

私はドーパミン報酬系に対するする感度が鈍いのだろう。黒歴史だが合法覚醒剤といわれた「リタリンのスニッフ」が周りで流行ったときも、どうしても得られる快感がそれほど素晴らしいものとは感じられなかった。それでいて薬効が切れたときの抑うつが凄まじく、中毒になる人が理解出来なかった。脳の器質的な違いには大きな個人差があるのだと学んだ。

紆余曲折の上、最終的に選んだ抗うつ剤もセロトニンにピンポイントに効くタイプで、ドーパミンやノルアドレナリンに作用するタイプはかえって病状が悪化した。そういう質だから私はギャンブル依存症にはなれそうもない。そうはいっても馬券が当たったら、当然嬉しいのだけれども(汗)

馬連的中\(^O^)/(馬連にしてよかった)
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