わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

一歩離れて鬱を眺める

不快な気持ちや憂鬱な気持ちを感じたとき、一歩自我を退かせてメタ的な立ち位置から「不快な何か」を眺めることを最近習慣にしている。一歩離れるというのは果てしなく深く落ち込むのを防ぐ効能がある。

イギリスの歴史的宰相チャーチルうつ病に苦しんでいた。内観して心に居座っている不快なものを「私の黒い犬」と表現していた。この言葉に偉人の鬱までも精神力で制しようという尊い意志が感じられて参考になる、「犬」としたのは「飼い慣らしてやる」という意味も含まれているのだろう。

抑うつは患ったことのある人ならわかると思うが、起床時から午前中が大抵キツい。僕もそうだ。朝布団の中で黒い犬を飼い慣らそうと意図的に深い呼吸をして犬を消そうと試みている。爽やかな朝とはほど遠い。

午前中に調子が悪いのは体温が低いからではないかともおもう。意を決して熱い朝風呂に飛び込むと気持ちが楽になる。朝のジョギングを習慣としている人も、このことを知っているのかもしれない。

仕事を開始して処理量が多いと脳が活発に活動して血流が増える。こうなると黒い犬は姿を隠してしまう。温かい食事もとても効果がある。聞いているラジオの内容が興味深いときも気分がよくなる。

以前も同じようなことを書いたけれども、人が気持ちよく生きるには、筋肉や脳をしっかりと働かせて血の巡りを活発にすることが必要。 それに伴って神経活動を適度な興奮状態に維持することが、健康なメンタルを保つためには必要なのだ。

僕は神経の塊であり、筋肉の塊であり、それらを駆け巡る血液の塊でもある。それらを鈍らせないように活動する。その動かし方の上手下手が、生き方の上手い下手にほぼ等しいのではないか、そんなことを最近特によく考えている。