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「痛み」と「悩み」

心と体

昨日、鎮痛剤を間違えて2日分服用してしまった。なんか今日は心なしかハッピーだなと感じて、理由を探したらそれだった。以前は1日分でも同じような薬効があった。

痛みを押さえつければ心まで軽くなる。痛みに苦しむ人は世の中にたくさん居るけれども、痛みが消えたらきっと幸福を感じるだろう。しかし、痛みに縁がない人にとっては、それで至福感を感じることは当然ない。

悪い状態が「ない」ことは幸福なのか。その状態が肉体起因と社会的起因ではレイヤーが違うのか、違わないのか。この点に関して私はずっと考えている。

肉体の疼痛の苦しさと孤独の苦しさ。この二つの不快感を同列に考える人はいないだろう。しかし「不快」という二文字で同じようには表せるわけで、本質的には違うかもしれないが、実質的には同じだとも私には思えてしまう。

痛みは肉体からの「体に悪いところがある」という警告だ。悩みは心からの「今置かれている立場から逃げろ」という警告だと考えられる。痛みも悩みも生きていくために「私」を駆り立てる何かであるという点では、同じなのだろう。

心と体は不可分であり、境目は誰にも分からない。ただ社会的立場に起因する「悩み」がすべて解決しても、疼痛がそのままなら、人は幸福にはなり得ない。しかし、肉体起因の「疼痛」や「不具合感」がなければ、考え方一つで幸福になることができるという考え方はある。東洋思想の教えは正にそれだ。

そんなこんなで、また瞑想を再開しようかなと考えている。昔教わったヨガの先生が瞑想会を催すらしいので、参加しようと思っている。

マインドフルネスストレス低減法

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