わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

飽和不幸

生きるために苦労している人たちをメディアでよく垣間見る。養うために食うために貧困に苦しむ人たち。僕も収入は平均以下になったし、これからさらに下がる可能性が大いにあるし、現状の延長線上に増える可能性はほとんどない。

衣食住を成立させるために貧困に苦しみながら生きる。これは世界レベルではごくごく当たり前だ。一日1ドルから2ドル程度しか稼げない人たちも億の単位で実際にいる。それと比較すると、僕の低収入は貧困には値しない。せいぜい欲しいスピーカーをすぐには買えないぐらいのものだ。

レンタルや廉価ダウンロード・ストリーミング、中古品の活用、図書館の活用でソフトで高くて買えないものは見あたらない。住む場所は今のところよりよい環境は(特に眺望にかんして)思いつかない。着るモノにはほとんど物欲がない。無尽蔵にお金があったとしても着飾るための服は買わないだろう。都市部に住んでいればクルマがなくても困ることはない。

ソフトとハードは飽和している(よいオーディオは別腹だけど)、いまの生業が不調になっても、生死に関わる状態に陥る可能性はない。裕福なのに吝嗇な実家も心理的保険になっている。

消去法でいくと、背中の痛みに代表される健康不安だけが自分の中で肥大化する。
これって老人のメンタリティとほとんど同じだ。アカンではないか(-_-;