わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

年初囁き

抱負って

「負けを抱く」と書いてなぜ「心の中にいだいている決意や志望」になるのだろう。故事由来の単語なのか・・とつまらぬことを考えた。

ここ5年ほど年初の正直な抱負は「今の生業の寿命を延ばす」これに尽きた。今年こそやばそうだ、そう毎年おもいながら意外としぶとい(笑)冷静に考えたら商いの仕組み的に、突然プツンと収入がなくなるのではなく、ジリジリと下がっていくので、臨界点をどこで引くのか、そういう問題なのだ。生命維持が問題になるほど低所得になるには、まだ時間はありそうだけども、今の延長線上に明るい何かはまったくなさそうだ。

健康

未来の不安におののくよりも、今ここで感じている肉体の軋みから生じる不快感の解消こそが最大の関心事になった。不健康だとビジネスの未来を案じる余裕すらなくなる。ビジネスが衰弱死する前に、肉体劣化で本当に死んでしまったら洒落にならない。

肉体劣化と精神劣化

もはやどちらが先に劣化しているのか分からないが、片方の劣化が、もう片方の劣化を加速させていることは間違いない。そして去年ぐらいから精神よりも肉体のケアの方に心が傾くようになった。精神は脳内の問題であるが、肉体は脳も含めた全体の問題である。部分よりも全体の最適化の方が優先度が高いのは理路としては正しい。

肉体劣化阻止の方法。短絡的には運動と食べるものの質と量に帰結する。精神劣化と比較すれば、解決策がわかりやすすぎて泣けてくる(泣くことはない)簡単なのに容易に改善できないのはなぜか? それは精神が劣化しているからだ・・・また空転。

結局、解決策はみつからない。年初に決意を新たにして何かをやろうとしてできたためしがない。それが今年に限ってできるわけが無い。結局、どちらかの劣化が極まって、やらざるを得ないところに追い詰められたらということなのだろう。やらざるを得ないとき「やること」ができるのか?できなければ死ぬだけなので、否応なく(以下略)