わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

轟音クラシック

最近いろいろなクラシック音楽の評論を読み比べて楽しんでいる。音楽の趣向ほど人によって異なるのも珍しい。評論家になるぐらい好きだと「至高の名盤」とかは偏りそうだが実にばらけている。もちろんフルトヴェングラーのベートーベンのように定番もあるけれども。

大枠で旧きマエストロの演奏をやたらと有り難がる一群と、比較的最近まで活躍していた個性の強い演奏を偏愛するグループに分かれるようだ。ワルターとかフルトヴェングラートスカニーニ等を愛好する高齢マニアの趣味は渋すぎて僕の好みに滅多に合致しない。

僕はオーディオへの関心が高いので、旧すぎて音がよくない音源は、いくら名盤扱いされていても好んで聴く気になれない。フルトヴェングラーにステレオの音源は一つもない。

僕が確信を持っていえるのは、クラシック音楽を一定以上の音質を保った音源を大音量で聴くのと、そうでない場合では音楽体験がまったく違うということだ。特にモーツァルトに顕著で彼の曲を大音量で聴くと、彼の頭の中で大量の脳内麻薬が溢れていたことを追体験できる。ほとんどハードロックの陶酔と同じだ。優美なモーツァルト、ピンクのモーツァルトという俗信がまかり通っているのは残念。


モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」、第39番、他モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」、第39番、他
(2009/08/19)
ブリュッヘン(フランス)