わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

愚痴をいう気力すら

愚痴をいう気力すらなくなった。急に書く意欲がなくなったのは愚痴りたいという欲望が減ったからなのだろう。

愚痴は自分に対する呪い。呪われた人は呪われたように振る舞ってしまう。心で嘆息しても、文字という形でそれを固定化するのは呪いの具現化に他ならず、やるのはよくないことなのだ。

「愚痴的な言説」を封印すると、自分の脳内に生成される「言葉」が実に少ないことに愕然とする。脳内に去来する言霊は呪いばかり。いやになる。

過去の悔恨・未来の不安、これについて考えるのも飽きた。この齢にして不毛さが身に沁みた。今に心をフォーカスしても「呪いの言葉、/ 身体の不快感を耐える神経の働き」これだけ

1年ほど前にマイブームだった瞑想を仕切り直して本格的にやろうかなとおもう。脳内に漂う思考の瘴気、痛さを中心とした神経の劣化、ここから自由になるには東洋的身体統制方法しか、残っていないようだ。