わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

身体が軋むから 心も軋むのか

体調が悪いと気分が悪くなる。当たり前である。しかし、その当たり前がわかっていなかった。ずっとメンタルの具合が悪いから、体調が引きずられて悪くなるような自己認識があった。それだけ「心ありき」の自我の有り様を自明のこととしていたのだ。

それでは今よりも若い分、肉体が爽健であった青年時代の自分はどうだったか。純粋にメンタルな苦しさだけがあったと記憶している。心の重さを取るための向精神薬には興味を持っていたが、肉体の管理にはまったく興味がなかった。

苦しみとしては老いに伴う肉体の軋みよりも、心の汚染から来る苦痛の方が先行してきた。ずっと心身を分けた二元論で考えていたので、今更メンタルの調子の悪さを肉体の劣化に原因を求めることに腑に落ちないモノを感じてしまう。

ひっくり返してメンタルも苦しさも肉体から生まれるのだから、肉体が老いて活力を失えば、メンタルの苦しみの強さが減じるのでは、そう老いることに逆張りの望みを持ってみたこともあった。しかし実際に中年後期に入って感じることは、老いたからといって苦痛の重さが軽くなるという希望は叶いそうもないという残念な事実だ。

そもそも今となっては肉体の軋みから来る不快感と、メンタルヘルスの不調から来る不快感の境目がわからなくなってしまった。今感じている不快感はどこから来るのかと考えれば、それは神経細胞に生じる負の反応を脳が認識していることには違いはない。結局よくわからない・・・