わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

性と原罪意識

TV版エヴァ『Air/まごころを、君に』が表現規制、カットだらけでエヴァ関係者が苦言

f:id:lexapro:20140826113914j:plain

このシーンが削除されたことは、直感的に「仕方がないかも」と思う反面、別に猥褻じゃないし、削除の根拠は何なのかと考えると少し考え込んでしまう。そりゃ小学生に見せるのは早すぎるとおもうが、深夜のこの時間帯に放映するのであれば配慮しすぎのような気がする。

表現規制については議論があるだろうが、作品的にここをカットしては駄目だとおもう。エヴァンゲリオンの世界観のベースはキリスト教である。キリスト教徒は人間の原罪をキリストが十字架上で償ったことを信じる宗教である。

碇シンジの原罪意識を最初に観客に見せつけることで、シンジの自虐と無気力に圧倒的な説得力を持たせることが可能になった。このシーンがなくて渚カヲルを殺してしまったことだけを原罪意識として物語を始めたとしたら、『Air/まごころを、君に』は、ここまで観る人の心を激しく揺さぶる作品にはならなかっただろう。

性に対する原罪意識というのは不思議だ。男なら誰でもシンジが意識の無いアスカの前で自慰をした行為だけを恥じているのではなく、もっと心理的に深い罪の意識を持ってしまったことに疑問はもたないだろう。女性はどうなのか・・正直わからない。

性(リビドー)というのは生命の根源的な欲望なのに罪の意識を持ってしまうのはなぜなのか。エヴァンゲリオンではこの原罪意識を心理学の「デストルドー」と重ね合わせ異様な世界観を組み立てている。エヴァンゲリオンの人を陶酔させるカラクリはこの人間の不可解な原罪意識にその理由がありそうだ。