わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

輪廻疑惑

しっかりと根を詰めて学ぶならば、仏教をはじめとする東洋思想は論理哲学といってもいいぐらい筋目の通った考え方だということが分かる。しかし、そこで立ちはだかるのが「輪廻」という検証不可能な仮説だ。輪廻の有無は悟れば理解できるという方便で煙に巻かれているけれども、僕は疑惑を感じている。

ではなぜ「輪廻」という概念が必要とされたのかと思考実験してみると思いつくところがある。仏教は「涅槃」の境地を理想としている。これは「生きながら死の世界に臨む」ということである。ならば恐怖を乗り越えて死んでしまっても涅槃に至れるのではないか、こういう理屈がどうしても生じてしまう。故にそれを封じるために「単に死ぬだけでは別の何かに生まれ変わるだけです。生きながら涅槃の境地に達せられなければ意味がありません」そういう理屈が必要になった。要するに涅槃=死とならないようにしたのではないか?

高度な知性を持ちながら自死した人は、この理屈を乗り越えた人なのかもしれません。また悟った人も死を恐れないそうです。輪廻という方便のカラクリを知っているからではないでしょうか。


ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)
(1980/06/16)
中村 元