わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

怒りの代弁者に安易に同調するのは衆愚の始まり

怒っている人間は怖い。
しかし「自分の怒りの代弁者」に人はとても弱い。

「怒りの共有」は人が群れをつくる大きな動機の一つだ。

この怒りの他者への浸食力と集群力を意図的に操る人がいる。
橋下大阪市長はその典型だろう。

ブログの集客に使っている自称アルファブロガーも多い。
これとかもその典型だろう。
この記事の関係者は全員実名を晒せ、そして死ね - 今日も得る物なし

もちろんこの人間の性質が全くなかったら民主主義は機能しないし
フランス革命も起こらなかっただろう。だから否定すべきものではない。

しかし、この人の本能を利用して意図的に
社会的パワーを得ようとする輩を警戒することは必要だ。

更にいえば、意図せず自分の怒りの正当性を確信してしまって
尊大な態度で振る舞う浅薄な輩の方がより危険かもしれない。

たとえ自分にとって正しい怒りだと思えても
それを声高に絶叫する人とは距離をおくことこそが
社会の平穏の基礎になるはずだと、ぼくはおもう。


衆愚の病理 (新潮新書)衆愚の病理 (新潮新書)
(2013/06/15)
里見 清一

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