わかりました あきらめましょう。

私は進歩しない 旅をするのだ

嫉妬

嫉妬という感情に縁がない。意識していないだけで実は相当嫉妬深いという可能性も考えた。でもどう探しても見つからない。一方、嫉妬するような優れた人に、認めてもらいたい褒めてもらいたいという欲望は人一倍強い。

承認欲求と嫉妬の感情が類似の感情なのかどうかも判らない。そもそも「嫉妬」という言葉がもっとも使用される恋愛のシチュエーションの現場にいた記憶がない。リビドー的な欲動は若いときから相応にあったけれども、異性に関して嫉妬的な感情を抱いた記憶がない。

自分は特別だという根拠のない思い上がりがひどかったのか、逆に自分に自信があまりも足りなくて嫉妬が発生しようがなかったのか・・・わからない。そんな俺だから創作物で嫉妬がテーマになると途端に物語世界と距離をおいてしまうことがままある。サブカルの「ツンデレ」タイプの嫉妬の表現はレトリックの一つとしてあまりにもよく目にするので笑えるようにはなった。しかし、軽い物語以外での嫉妬に関わる諸表現は、違う生命体を観察するよう気持ちになってしまって全く感情移入できない。

書いていて混乱してきたので「嫉妬」の意味を辞書で調べ直した。

《名・ス他》やきもち。

  • 他人が自分より恵まれていたり、すぐれていることに対して、うらやみねたむこと。 「兄弟分の出世に―する」
  • 自分の愛する者の愛情が他に向くのを恨み憎むこと。 
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糖質と健康

食事は炭水化物をあまり多く取りすぎず、激しい運動をあまり行わず、
しっかり寝て身体にストレスをあまり与えないような生活をするのが、いまのところの長寿最適解である。

http://blog.tinect.jp/?p=42446

長寿は望まないが、生きている間の肉体由来の苦痛は極力減らしたい。この5年ぐらいでメンタルヘルスの苦しみよりも、肉体の軋みから生じる苦しみの方が大きくなった。老いるというのは嫌なことだ。

糖質制限が恒常的なムーヴメントになって久しい。もう流行ではなく健康に関する常識化しつつある。個人の経験に即して考えても糖質摂取量のコントロールこそ体調の鍵だという確信が強まる一方だ。

まず一定量を超えて摂取すると睡魔が生じる。その傾向が馬齢を重ねるに従って顕著になった。若いときは昼食をタップリ食べても眠くならなかった。最近は少しでも過剰に摂取すると仕事にならない。知っている人で午後の仕事のパフォーマンスが落ちるのを嫌って昼食をとらない人がいる。勤務時間中にしっかり仕事をするためには炭水化物(糖質)の摂取量には過敏にならなくてはならない。

次に就寝前に同様に糖質を摂取すると起床時の気怠さが肥大する。20時以降糖質をとらないで済んだ翌朝はあからさまに気分がよい。就寝前に糖質をとらない習慣は肥満防止にも繋がるしメリットばかりだ。

ただ糖質をとらなければよいという簡単なことでも無い。空腹時に適量摂取するのは食事のパフォーマンスを上げるためには大切だ。何度か「ゆで卵とブロッコリー」というアスリートみたいな昼食を続けたことがあるのだが、それなりの量を摂取しても食の満足感が希薄で長続きしなかった。茶碗半分ぐらいの米は取った方が結局はコストパフォーマンスがよい。

色々試行錯誤してきたけれども、ブログで宣言して今後の食生活に「縛り」を入れたい。

  • 昼食の糖質は最小限に留める(最大でも茶碗半分の米迄)
  • 20時以降は原則として食べない、食べる場合でも糖質は取らない

この二つを厳守することをここに誓うものであります。ええ

なつのひとりごと 2017

二日働いてまた土日だと完全にダレる。体が全体的に機能低下している。特に消化器の調子が芳しくない。一方、休暇中さんざん暑い中を歩き回った恩恵か腰の調子が更に回復したとかんじる。精力的に日程を埋めた甲斐があったというものだ。

今日から完全に日常業務に戻る。例年8月は受注が夏枯れするのだが、今年は今日の時点で前年同月比を上回っている。7月も好調だったし、別にサイトをリニューアルしなくても、なんて悪魔が囁いている。

引越願望
サイトのリニューアルを機にやはり引っ越したい。今の商売はネット環境さえあれば場所は問わないのだから、もっと頻繁に転居してその都度新鮮な気持ちになるほうが、精神衛生上もよかろう。両親もあと5年は介護不要だろうし、決断するなら今しかない。

去年の今ごろも同じようなことを嘯いていた気がするが・・・

【映画】ベイビー・ドライバー

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映画館でハリウッド映画を観るのは随分と久しぶりな気がする。これを観ようと思ったのは週刊文春の映画評で全員が満点をつけていたからだ。アメリカでの興行収入が1億ドル突破しているらしいし、ハズレはあり得ないと期待した。

娯楽映画としては文句なしだった。アクション映画の要素とポピュラー音楽を多用したミュージカル的な要素が上手くかみ合って、あっという間にエンドロールに達した。

ただ「もう一度観たい」とか「これは傑作だ」とまでは思えなかった。後半にかけて人が結構死ぬわりには、アメリカ特有の「ポリティカル・コレクトネス臭」が露骨なのが欠点といえば欠点だ。白人・黒人・アジア系・スパニッシュ系とお約束通り抜かりなく出演している。あと個人的にハリウッド的美人が苦手なのだが、これは映画のせいではない。

使用されている曲の3割ぐらいは知っている曲だった。おそらくアメリカ人の平均レベルでは8割ぐらいは知られている有名曲ばかりの選曲なのだろう。最近ありがちな、中華圏市場を意識した作品ではなくて、完全にアメリカ国内での興行収入を強く意識した作品だ。

作品名の原題はサイモンとガーファンクルの名曲から
この曲がどこで使われるかは観てのお楽しみ♪

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